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エロと写真




写真はエロチックである。

女性の性を表現する時、ムービーより遥かに写真は官能的だ。

何百秒分の1で撮り込んだ画像には濃密な空気が映り込む。

反対にこれが映り込まない写真は、ただの形を撮っただけで撮影する意味すら無いと思う。


僕は商業写真家であって芸術家では無い。

女性の裸体を芸術まで昇華させる術は持っていない。

だから決してアートだとも芸術だとも言わない。

エロです、と言い切る。

撮影する女性にも、それを伝えた上で行ってきたつもりだ。


アート、表現、芸術 

女性を脱がす上でそれはそれは、大きな隠れみのになる。

女性側も自分を言い聞かす都合のいい材料になる。

そんな危ういバランスの上で、今日も多くのセクシー写真が撮影されている。


以前、写真集を撮った女性は撮影後、

作品とかアートに転ばそうと一生懸命宣伝をしてくれた。

そりゃ、プロに撮られたのはエロ写真なんて思いたく無いだろう。

それはよく理解している、当然の心理だ。

ただ僕は、言いました「これは、売るために撮ったエロであってアートでは決して無いよ」


撮る側は、モットちゃんとエロに徹すればいいと思う。

どうせ多かれ少なかれヤラシイ事考えてるんだろうに。

「こんな写真を撮れるくらい私は信頼されてる、当然変なことは考えてませんよ!」

ってアピールいっぱいのホテル写真がsnsに上がってくる(笑)

イヤ。。。それ以前におっさんが若い女の子をレンズで覗いて撮ると言う行為事態が、十分エロだろ(勿論自分も含めて)


だったら昂りながら思いっきり撮ればいい、そして撮影が終わったらスッと素の感情に戻ればいい。。

そうじゃないと写真に濃密な空気は入ってこないよ。

形だけ裸なら、別に撮らなきゃいいじゃんとも思う。

僕はこうゆう手法の写真も、見えているもの以上の事柄は写しきれないと判断して、

やめてしまった。。。女性写真ではストリート写真で感じるような刺激は得られない。


別に写真で食ってない人が、楽しみとしてやるには全然いいと思うが、アートとかは口にしないほうがいい。


それは、撮り手が口にするものではなく、写り手が主張するものでもない。

見た人が「感じる」ものだ。


 
 
 

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